
インピンジメント症候群の全体像
インピンジメント症候群とは何か 定義と「衝突」の概念
インピンジメント症候群は、腕を上げたりひねったりする際に肩に痛みや引っ掛かりを感じる症状の総称であり、肩関節の周囲で筋肉や骨がぶつかることで生じる病態です 。この「インピンジメント(impingement)」という言葉自体が「衝突」を意味しており、病態の本質を端的に表しています 。具体的には、肩の関節にある骨と骨の間が狭くなり、腕を動かす際に肩の腱や筋肉が擦れたり、挟まれたりすることで炎症や痛みが引き起こされます 。
本疾患は、特に野球の投球動作に関連する「投球障害肩」の一種として広く知られていますが、その発症はアスリートに限定されるものではありません 。バレーボールやテニスといったオーバーヘッドスポーツを行う選手だけでなく、日常生活や仕事で頻繁に腕を高く上げる動作を行う方々、例えば家事や特定の職業に従事する人々にも多く見られます 。また、中高年層においても発症しやすい一般的な肩の疾患として認識されています 。

【第1章】あなたの肩で、何が「衝突」しているのか?
インピンジメントの正体と、五十肩との“決定的な違い”

先生、最近、腕を上げようとすると、肩に、ズキッとした痛みが走るんです。これって、もしかして、四十肩や五十肩ってやつですか…?

なるほど。四十肩や五十肩と、よく間違えられるのですが、もしかしたら、それは「インピンジメント症候群」かもしれませんね。「インピンジメント」とは、英語で「衝突」という意味です。
肩の骨(肩峰)と、その下にある腱(腱板)が、腕を上げる時に、物理的に、ぶつかってしまっている。そのせいで、炎症が起きて、痛みが出ている状態なんです。

衝突…! 五十肩とは、何が違うんですか?

一番の、決定的な違いは、「痛いけど、動くかどうか」です。
五十肩は、関節全体が固まってしまい、腕が、そもそも上がらなくなります。
一方で、インピンジメント症候群は、腕を上げる“途中”の、ある特定の角度(60〜120度の間)だけで、強い痛みが出て、そこを越えると、また、スッと上がる。
この、「痛みのアーチ(有痛弧)」が、最大の特徴です。

項目 | インピンジメント症候群 | 五十肩(肩関節周囲炎) |
定義/病態 | 肩関節内の筋肉や腱、骨が衝突し、炎症や痛みを引き起こす病態 | 肩関節周囲の組織(関節包など)の炎症と拘縮による病態 |
主な症状 | 腕を上げる際の痛み、引っかかり感、夜間痛 | 肩全体の痛み、可動域の著しい制限、夜間痛 |
痛みの特徴 | 特定の角度(60~120度)で痛みが生じ、それ以上上げると痛みが消える「有痛弧」が典型的 | どの方向へ動かしても痛む、安静時や夜間も痛みが強い |
可動域 | 痛みはあるが、他動的には動かせる場合が多い | 痛みに加え、可動域が著しく制限され、腕が上がらない |
主な原因 | オーバーユース、加齢による骨棘形成、姿勢不良、腱板損傷、石灰沈着など複数の要因 | 原因不明なことが多いが、加齢による組織変性が関与 |
好発年齢 | 40歳以降に多いが、スポーツ選手など若年層にも見られる | 40~60歳代に多い |
【自己診断】もしかして…? 3つの危険なサイン
- 腕を上げると、特定の角度で、ズキッとした痛みが走る
- 夜、痛い方の肩を下にして眠れない
- 腕を動かすと、ゴリッとした引っかかりを感じる

もし、一つでも当てはまるなら、注意が必要です。ちなみに、この「衝突」は、肩だけでなく、股関節で起きることもあるんですよ。
【第2章】なぜ、“衝突”は起きるのか? あなたの痛みの「4大容疑者」

なるほど…。私の肩の中で、骨と腱が、ぶつかっているんですね。でも、なぜ、急に、そんなことが起きるようになってしまったんでしょうか?

良い質問ですね。その「衝突」の背景には、多くの場合、これからお話しする「4人の容疑者」が、単独で、あるいは、共謀して、潜んでいます。あなたの「主犯」が、誰なのか。一緒に、探していきましょう。
容疑者① 「使いすぎ(オーバーユース)」
野球のピッチングや、テニスのサーブ。あるいは、仕事での、高い場所への荷物の上げ下ろし。肩を、特定の方向に、繰り返し、使いすぎること。これが、最も分かりやすい、直接的な犯人です。腱板に、無数の小さな傷がつき、炎症が起きて、腫れ上がり、骨とぶつかりやすくなってしまいます。
容疑者② 「加齢による“サビつき”」
年齢と共に、私たちの体には、どうしても「サビ」がきます。
- 腱板そのものが、水分を失い、硬く、もろくなる。
- 骨のフチに、「骨棘(こつきょく)」という、トゲのようなものが、できてしまう。
- 腱の中に、「石灰」が溜まり、腫れ上がってしまう。こうした、加齢による「サビつき」が、肩の中のスペースを、物理的に、狭くしてしまうのです。
【最重要】容疑者③ 「悪い姿勢」という、静かな共犯者
そして、これが、現代人における、最も多く、そして、最も見過ごされている、真犯人かもしれません。
猫背や、巻き肩。
この姿勢になると、肩甲骨が、前に、そして外に、滑り出してしまいます。すると、腕を上げる時に、肩の骨(肩峰)の“屋根”が、下にある腱板を、上から、“蓋をするように”、圧迫してしまう。
普段の何気ない姿勢が、あなたの肩の中を、常に「衝突しやすい状態」へと、変えてしまっているのです。
→あなたの不調、全ての“黒幕”は「猫背」だった?― 4つのタイプ別・本当の治し方
容疑者④ 「サボり筋」と、神経の“命令違反”
これは、少し専門的な話になりますが、非常に重要です。肩の関節は、インナーマッスル(回旋筋腱板)という、深層部の筋肉が、絶妙なバランスで支えることで、安定しています。
しかし、何らかの原因で、このインナーマッスルが「サボり」始めたり、あるいは、筋肉を動かす「神経」からの命令が、うまく届かなくなったりすると。肩の動きは、一気に不安定になり、衝突が、起きやすくなってしまうのです。
インピンジメント症候群の主な原因と関連要因
カテゴリー | 具体的な要因 | インピンジメントへのメカニズム |
オーバーユース/繰り返しの動作 | 野球、テニス、バレーボールなどのスポーツ活動、高い位置での作業、重い物の持ち運び | 腱や筋肉への繰り返しストレス、摩擦、炎症、出血 |
加齢による変化 | 腱板の劣化、筋肉・腱の柔軟性低下、骨棘(骨のトゲ)形成、烏口肩峰靭帯の線維化/骨化 | 肩峰下空間の狭小化、腱への圧迫増加、炎症 |
姿勢の乱れ | 猫背、巻き肩、長時間のデスクワーク/スマホ使用 | 肩甲骨の動き制限、肩関節可動域の減少、特定部位への負荷集中 |
解剖学的構造の問題 | 肩峰の形状異常(出っ張り)、腱への石灰沈着(石灰沈着性腱板炎)、上腕二頭筋長頭腱炎 | 骨と腱の衝突、腱の腫脹と炎症によるスペース圧迫 |
筋力低下/神経の関与 | 肩のインナーマッスルの衰え/断裂(腱板損傷)、前鋸筋機能不全(肩甲骨上方回旋不全)、腋窩神経圧迫 | 肩関節の不安定化、肩峰下スペースの狭小化、筋肉の機能不全 |
【第3章】インピンジメント症候群への、一般的なアプローチ
インピンジメント症候群の治療は、多くの場合、手術をしない「保存療法」から始まります。
ステップ① 安静と、炎症のコントロール
まず、痛みの原因となる、腕を上げる動作などを控え、肩を休ませることが、基本となります。
整形外科では、痛み止めの薬や、炎症を抑えるためのステロイド注射などが、選択されることがあります。
ステップ② リハビリテーションによる、機能回復
炎症が落ち着いてきたら、理学療法士などの指導のもと、リハビリテーションへと移行します。
- 硬くなった筋肉を伸ばすストレッチ
- 肩周りを安定させるための筋力トレーニング
これらを通して、肩の正しい動きを、取り戻していきます。
ステップ③ 手術という、最終的な選択肢
これらの保存療法を3〜6ヶ月続けても、改善が見られない場合や、腱板断裂などを伴う重症例では、内視鏡を使った手術が、検討されることもあります。
【第4章】手技の専門家が考える、「根本改善」へのアプローチ
【専門家の視点】なぜ、あなたの肩は“衝突”せざるを得なかったのか?
私たち、手技を専門とする国家資格者(柔道整復師など)は、インピンジメントの「痛み」そのものではなく、その「痛みが起きる、メカニズム」に、深く、注目します。
そもそも、私たちの肩関節は、腕を上げる時、非常に精巧な動きをしています。腕の骨(上腕骨頭)は、ただ上に転がるだけでなく、同時に「下へと、滑り込む」ことで、肩の屋根(肩峰)との衝突を、巧みに、避けているのです。
インピンジメント症候群とは、この「下へと滑り込む、という、本来あるべき動き」が、何らかの原因で、失われてしまった状態なのです。
では、なぜ、「滑り込み」が、できなくなるのか?
その原因は、多岐にわたります。
- 肩を安定させるインナーマッスル(腱板)の機能低下
- 肩の後ろ側の組織(後方関節包)の硬さ
- そして、それらを引き起こす、猫背などの、根本的な「姿勢の歪み」
注射や薬で、一時的に炎症(火事)を鎮めても、この「衝突しやすい、体の状態(火事の原因)」そのものを、解決しない限り、痛みは、何度でも、ぶり返してしまうのです。
手技専門家による、「根本改善」への3ステップ
だからこそ、私たちは、薬や手術に頼る前に、まず、私たちは、以下の3つのアプローチで、あなたの肩が、再び「滑らかに、滑り込める」ように、体を、根本から、再教育していきます。
- 専門家の「手」による、的確な“解放” 硬くなった関節包や、癒着した筋膜を、的確な手技で、解放します。
- 弱った筋肉の「再教育」 腱板などのインナーマッスルを、安全な方法で、目覚めさせます。
- 間違った体の使い方の“修正” 衝突が起きない、本当に効率的な体の動かし方を、習得していただきます。
これが、私たちが目指す、単なる「痛みの消失」の、その先にある、「本当の完治」への、道すじです。
【補足】インピンジメントと、よく似た「3つの疾患」
「腕を上げると痛い」という症状は、インピンジメント症候群だけでなく、他の疾患でも、見られることがあります。自己判断は、時に危険を伴います。ここでは、特に間違いやすい、3つの代表的な疾患との違いを、簡潔に解説します。
① 五十肩(肩関節周囲炎)
これは、肩関節を包む「関節包」という袋が、炎症を起こし、カチカチに硬くなってしまう病気です。特定の角度だけでなく、あらゆる方向に、腕が上がらなくなり、可動域が、著しく制限されるのが、最大の特徴です。
→ 五十肩について
② 腱板断裂
インピンジメントが、腱板の「衝突」であるのに対し、腱板断裂は、その腱板そのものが、完全に、あるいは部分的に、切れてしまった状態です。腕が、全く上がらなくなってしまったり、夜間の痛みが、非常に強くなったりするのが特徴です。
→ 腱板損傷
③ 石灰沈着性腱板炎
肩の腱板の中に、突然、歯磨き粉のような「石灰」が溜まり、激しい炎症を引き起こす病気です。夜も眠れないほどの、突然の、耐え難い激痛で、発症することが多いのが、特徴です。
これらの疾患との、正確な鑑別には、専門家による、丁寧な検査が不可欠です。
【結論】痛みの「サイン」を、見逃さないで
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。インピンジ-メント症候群は、決して、特別な病気ではありません。それは、あなたの体が、「今の、体の使い方は、間違っていますよ」「少し、休ませてください」と、あなたに送ってくれている、大切な「サイン」なのです。
その、小さなサインを、どうか、見逃さないでください。早めに、その声に耳を傾け、適切な対処を始めること。それが、あなたの肩を、未来の、より大きな痛みから守るための、最も確実で、最も賢明な、一歩です。
この記事では、「インピンジメント症候群」について、詳しく解説しました。
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